ベトナム人の食生活に欠かせない「味の素®」。その存在感を支え、高めているのは、地道に市場を回る販売部隊と巧みなブランディング戦略だ。「ずっとベトナムに来たかった」と語る本橋社長は、遠いゴールに向かって走っている。

市場を回る販売部隊

General Director 社長 本橋弘治General Director 社長 本橋弘治
撮影:大木 宏之

―― 進出は1991年ですね。

本橋 はい。ベトナムには50年以上前から商品を輸出しており、投資環境が整った段階でドンナイ省に現地法人を設立しました。進出当時はスーパーも卸店もないのでまず市場を探し、売り方、注文の取り方、伝票の書き方など、日本人が一つ一つ販売担当に教えたそうです。

そして、商品をトラックで直接届けて、引き換えに現金をいただく。これを24年間続けています。

―― 営業網は全国にあるのですね。

本橋 全国を大きく5つのエリアに分け、各支店にベトナム人の支店長がおり、全部で59の拠点があります。現在は220チーム、約800人の販売担当が、全国にある約2600の市場を回訪しています。

―― 卸店は使わないのですか?

本橋 最近では配荷機能がある卸店が増えてきたので、400社以上と直接取引しています。年間8万tonを超える商品を、自社のトラックだけで配送・販売するのが難しくなってきたからです。卸店と自社の販売担当が同じ市場に行く場合もありますが、うま味調味料「味の素®」などの売りやすい商品は卸店、マヨネーズなど商品説明と日付け管理が必要な製品は自社の販売担当と、自ずと住み分けができていきます。ですから、卸店からもどんどん売ってくれと言っています(笑)。

―― 「味の素®」の国内シェアは?

本橋 当社の推定で50%を超えています。競合は台湾メーカーの「ベダン」や韓国メーカーの「ミオン」でして、グルタミン酸ナトリウムとしては同じものですが、当社品の品質、特に純度には絶対の優位性があります。一方、価格は競合より1割ほど高いです。そのため、ホーチミン市などの都市部ではシェアがかなり高く、地方や業務用に使われる場合はシェアが低くなっています。

―― どう差別化を?

本橋 ブランディングと販売の仕組みです。前者の例では年に40回ほど、1回に千人ほどの消費者を集めて、特に地方でセミナーを開催しています。密輸品や「味の素®」の偽物について説明し、見分け方などを教えています。食の安全・健康に関係するので行政と協力していますが、偽物はパッケージが精巧でそっくりなんですよ(笑)。私も年に10回ほど出向きますが、「味の素®」のブランドや会社に対する信頼性が増すと考えています。

後者では、販売担当が毎週市場を回ります。市場のお客様は同じ担当が来るので信用するし、何かあったら「文句」が言えます。一度切りで再訪しないと、そんな安心感は生まれません。

また、1ヶ月に200件ほどある、消費者からのお電話に対応しています。「これは偽物じゃないか?」、「いつもと味が違う」などのお問合せに、販売担当がそのご家庭に伺います。偽物はすぐにわかりますし、味については持ち帰って分析にかける場合もあります。

―― その他の商品はどうですか?

本橋 売上の6割以上が「味の素®」ですが、トラックというインフラの上にどれだけスペシャリティのある新商品を載せられるかが成功のポイントです。こうした家庭用商品は7ブランドあり、10月から8ブランド目の「うめちゃんTM」を発売します。

ちなみに、「味の素®」以外はベトナムだけで販売している商品でして、唐揚げ粉やマヨネーズなど他国にもあるものでも、ベトナム風になっています。つまり、各国でレシピが異なっています。

目指す「サンバイ!」

DESIGNED-BY-VNM新商品の「うめちゃんTM」

―― ベトナム人をどう思います?

本橋 優秀で、よく働いてくれますよ。こちらが言ったことを忘れないし、理由や原因はきっちり説明する。論理的でもあります。手ごわいのは、目的の背景を伝えず、結論だけ言っても動かない点です。

―― 心掛けていることは何ですか?

本橋 弊社の競争優位性を守って、高めていくこと。そして、変化に適応させていくこと。卸店の活用を始めたのも適応の1つです。

現地生産にもこだわりがあります。例えば、「味の素®」の生産には各国で最適な原料を使いますが、ベトナムではサトウキビとキャッサバから作ります。多くの農家さんたちの生活を支えているわけで、こうした人たちに貢献したいと思っています。

また、ベトナムでは新鮮で安心な卵を探すのが難しく、輸入するのは簡単ですが、地元産のものを使いたいと思っています。

―― 今後の予定を教えてください。

本橋 ベトナム、ブラジル、インドネシア、フィリピンの4ヶ国で、2013年度の売上を2020年度に3倍にする計画です。厳しい目標ですが、販売の800人は既に「サンバイ」という日本語を覚えており、「モッハイバー、サンバイ!」などとやっているんですよ(笑)。

確かにゴールは遠いけれど、理想と現実とのギャップを、日本人とベトナム人とで埋めたいですね。

Ajinomoto Vietnam Co., Ltd.
General Director 社長 本橋弘治

1963年生まれ。大学卒業後に味の素株式会社に入社。工場人事労務、人事、国内営業、海外事業管理などを経て、2005年~2009年に販売マーケティング取締役としてフィリピンに赴任。2012年にベトナムに赴任して現職。