飲食業の出店は珍しくないが、インパクトを伴う成功事例は極めて稀だ。それを成し遂げた男たち4人に話を聞いた。彼らはどんな人物なのか、ビジネスの勝算をどう考えたのか、成功した理由はどこにあるのか?
 

ながつゆ・にきち。1976年生まれ。大学卒業後に化粧品メーカーに入社。2006年に株式会社菊の華を設立。2014年にイオンモールベトナム1号店で「NICKY BT&HBG」を出店。日本とベトナムで美容室、飲食店を展開中。

 

ホーチミン市レタントン街のヘム。人気店となった博多ラーメン「暖暮」、定食店「FUIJIRO」、韓国料理店「あぷろ」……これらを誘致したのが永露仁吉氏だ。ベトナムでの出店・閉店の経験を経た信条は「赤字を出さない」。

美容業界から飲食業界へ 閉店して気づいた「日本」

「日本国内で『エクステンションQ9』というエクステ(ファッション用の付け毛)のショップを、FCを含めて18店舗運営していました。ただ、ブームはいつか下火になるので、その前のリスクヘッジとして飲食業への進出を考えたのです」

30歳でQ9を起業し、6年前に35歳で未経験の飲食業界へ。自分に課したルールは「流行に左右されない業態」であり、フランチャイズ契約をしたのは佐賀発のハンバーグチェーン「ぎゅう丸」。ハンバーグは定番の人気メニューだし、ぎゅう丸には30年のブランド力があった。そして、ぎゅう丸を出店した日本のイオンモールから、2014年にホーチミン市に誕生するイオンモール・タンフーセラドン店での出店を誘われた。


FUIJIROは半地下が店舗、上階がマンション


FUJIRO名物のカナダ産3㎝厚切りロースカツ

「最初は強気で富裕層や日本人など相手にせず、中間層の胃袋を取りに行ってやると息巻いていました」

2階のフードコートに出店するが、厳しい状況が続き2年後に撤退。大きな要因は、知らないものには飛びつかない中間層の保守性と振り返る。また、価格帯では独自の仕入れルートを持つローカル店に勝てず、1食5~6万VNDでは凝ったメニューも出せなかった。

「店を閉めて、日本人と日本食が好きな中国人、台湾人、韓国人が旨いと思う和食店ができないかと考えました。立地をレタントンのヘムにしたのは表通りの家賃が高かったからで、ここにベトナム人も呼び込もうと思いました」

永露氏は同時期に福岡県でベトナム進出セミナーを始めており、参加企業だった博多ラーメン店「暖暮」に50%出資し、ベトナムに誘致した。世界的に流行している福岡発の博多とんこつラーメンがベトナムになく、在越の日本人に食べさせたいと思ったからだ。

「私は料理人ではないのでメニュー等のアドバイスや立地選定などの、プロデューサー的な仕事をしています。コンサルタントにはならず、共同出資をしているのもそのためです」

暖暮には日本人が殺到して人気店となり、その後も韓国料理店「あぷろ」、和風定食店「FUIJIRO」に50%出資してヘムに呼んだ。セミナー参加者のサポートや福岡の友人などを含めれば、ホーチミン市とハノイには彼が関わった福岡出身店が12店ほどあるそうだ。

第2ステップはアジア人 ベトナム人率4割で次へ

ベトナム進出の際、永露氏は「日本と同じ味の再現」を店舗にお願いし、「赤字を出さない」と決めている。その理由と実際を、FUIJIROを例に見てみよう。

「日本人が美味しいと思う味がベトナムでも強みになる。ただ、日本の味を再現する食材が手に入りにくいので、地場の仕入れルートを確保したり、日本やタイからの輸入ルートを作ることから始めました」

博多ラーメン店の暖暮

韓国料理店あぷろ

食材の不足分を埋めるのが料理人の腕。FUIJIROでは本体である日本の和僑グループが幅広い業態の飲食店を展開しており、その職人集団の協力を得ている。

一方、赤字へのこだわりは信用問題という理由以外に、閉店の経験も影響している。「売上が伸びないと店にもベトナムにも愛情を失いかけたが、人にそんな思いはさせたくない」からだ。「赤字回避」の第一はニーズを見込むことで、「それが私の価値」と語る。 

そして来店客で狙うのはまず日本人、2番手が中国、台湾、韓国などアジア人、最後にベトナム人を集客する。日本人ばかりでは出店競争の中で客が減るが、ベトナム人を呼ぶにはまだ早い時期を、日本食好きで本格的な味を求めるアジア人に埋めてもらうという戦略だ。FUIJIRO名物のとんかつは彼らに馴染みの料理で、満足すればリピーターになるという勝算もあった。

「今、沖縄には台湾人がショッピングや食事に押し寄せており、韓国から福岡県へは年間150万人が観光に来ています。中国、韓国、台湾の市場は常にウォッチしています」

ベトナムのとんかつの肉は薄めが多いが、同店はカナダ産の豚で約3センチの厚み。硬いと思うと実は柔らかく、油っぽいはずのフライは日本の油を使ってサクサク。とんかつはしょせん豚で、油や脂は悪いものというベトナム人の先入観をいい意味で裏切り、驚かせたいと永露氏は語る。これがベトナム人の集客手法であり、実際に日本人が少なくなる週末はベトナム人客が多いという。

もうひとつの施策は店舗の改築。ベトナムでは一棟貸しが基本だが、飲食店には広すぎる。そこで大家にビルの建て替えを提案して1階を店舗に、上階を賃貸物件とする。大家はテナント代の他に家賃収入が得られ、こちらは相対的に家賃は安くなるうえに店舗の設計ができ、内装費も節約。WinWinの関係だ。

「1号店が成功して、ベトナム人比率が4割になったら、2号店なり別ブランドでの出店を目指しています。今後は日本の専門店や、寿司、刺身、焼肉以外の和食を紹介したいのですが、見た目で何かがわかって、味が想像できるものでないと、ベトナムは難しいでしょう」