飲食業の出店は珍しくないが、インパクトを伴う成功事例は極めて稀だ。それを成し遂げた男たち4人に話を聞いた。彼らはどんな人物なのか、ビジネスの勝算をどう考えたのか、成功した理由はどこにあるのか?
 

はせがわ・はるまさ。1954年生まれ。大学卒業後にバーテンダーとして東京・銀座のバーに入店。1985年に銀座に「モンド・バー」を開店。2004年に品川に2号店の「モンド・バー 品川店」を開店。2013年にホーチミン市に「MONDE RESTARRANT & BAR」を開店。

 

本格的な「銀座のバー」をベトナムへ。誰も思いつかないような進出を実現させたのが、バーテンダー一筋40年超の長谷川治正氏だ。長年の経営者の目で、「ベトナムの飲食業界にはまだ隙間が多い」と可能性を語る。

弟子たちの働く場を危惧 「氷」を作るまで7ヶ月

「海外を含めて次の展開を考えていたときに、ベトナムでの共同事業に誘われました。ホーチミン市に行くと皆が若く、街のパワーを感じましたね。日本式の豊富なお酒と会話が楽しめるバーがないと知り、出店を決意しました」

「バーテンダーが天職」と言い切る長谷川氏は、大学時代から銀座のバーでアルバイト。卒業後もバーテンダーを続け、30歳の時に第1回銀座カクテルコンペティションで優勝、翌1985年にオーセンティック(伝統的)バーの「モンド・バー」を開店した。

銀座の「モンド・バー」(現在はリニューアル)

落ち着いた高級感のある店内と多彩なカクテルが評判となり、多くの常連が通う人気店となる。同時に彼を慕う多くの弟子たちが働き始め、現在では「孫弟子」たちも各地で活躍。2004年には品川駅ビルのアトレ品川に2号店をオープンした。2店の業績は安定していたそうだが、ではなぜ、海外進出なのか?

「東日本大震災の後、アトレは午後6時閉店になりました。同じような災害が起こったら2次的な欲求であるバーに来る人は激減し、店は閉店となり、弟子たちの働く場がなくなる。リスク回避で海外を探っていた時期に、ベトナムへの誘いがあったのです」

パートナーの和食店とモンド・バーを合わせて出店する予定だったが、何とパートナーの資金がショート。長谷川氏は一人で出店を進めた。まず、日本の価格では無理だと考え、高級ホテルのバーよりも若干安めに設定。強みは欧米にもアジアにもない「日本式の伝統バー」。しかし、「氷」が鬼門となってしまう。

「カクテル、ウイスキー等のロックには固くて溶けにくい氷が必要ですが、理想の氷がどこにもなかったのです。日本と同じ氷は世界中にないと実感しました」

何軒もの製氷店を回って、作ってくれそうな店を見つけ、日本で撮影した動画で氷の作り方を教えた。また、酒用の氷には軟水が向いているが、ベトナムはフランスの影響からか硬水が多く、氷に合う軟水のミネラルウォーターを探し出した。「氷」の完成までに要した期間は7ヶ月。

ちなみに、事業のライセンス代、賃料や内装費、酒やグラス500個などの仕入れ……初期投資の総額は想定の1.5倍になったという。

「隙間」が多いベトナム 人件費のメリットは疑問

店内は1階に長いカウンターとテーブル、2階は広いフロアと3つの個室。メニューにないものも含めて酒の種類は250~300、カクテルは2000種類以上。まさに銀座のバーの誕生だが、ベトナムで受け入れられるには時間が必要だと感じていた。

MONDE RESTARRANT & BAR

第1回銀座カクテルコンペティションで
優勝したカクテル「マリヴダンサー」

そこで銀座店と品川店のお客に紹介を依頼。大手企業勤務の常連がベトナム支店の社員に頼むなどして、当初は日本人客が100%。それが4年後の現在では日本人が4割、ベトナム人の富裕層と外国人が6割で、ベトナムの女優など芸能人も来店するという。

「彼女たちがFacebookやInstagramで拡散してくれるのが、集客につながっています。うちのFacebookには日本語版と英・越語版があり、後者のフォロワーは5100人ほど。1000人までは伸び悩みましたが、越えたら5000人は早かった」

レストラン運営では当初和食を始めたが、職人の確保や日本からの食材輸送が難しく、フレンチを主にする料理に変更。バーテンダーは店長を除いて全員ベトナム人だが、その接客は一度行けばわかるクオリティだ。それでも、損益分岐点に乗るまで2年半掛かったという。

長谷川氏によれば、ベトナムの飲食業には「隙間」が多くあるという。例えば、銀座にはバーが約300件あり、スタンドバーや料理で売るバー等の専門店化が進んでいる。日本の飲食店は様々な業態でこうした隙間を埋めてきたが、ベトナムにはまだ同じような店が多く、実はバリエーションが豊富でない。そのため今後は専門店化や外国料理のベトナム風アレンジなどが始まりそうだと語る。

こうした背景もあって日本からの出店は続くだろうが、進出理由を人件費の安さに求める傾向には懐疑的だ。

「大雑把に原材料費33%、人件費33%、その他34%なら、人件費が20%になるからベトナムというのは短絡的です。AIやロボットに置き換えられる人材ではないし、何より飲食店を魅力のない業界にしてはいけない」

モンド・ブランドをより高めてベトナムでの認知を広げ、ハノイ、ダナン、ニャチャン等への出店や、海外からのオファーに応える。また、コラボレーション等を通じた人材育成、酒の楽しさを伝える夢も追いたいという。

「弟子たちには『オヤジ、行けるところまで行ってくれ!』と言われています(笑)。しっかりしたテクニックと知識があれば、後はセンスなんです。海外志向が強い弟子たちもいますから、行けるとこまで行きますか(笑)」