飲食業の出店は珍しくないが、インパクトを伴う成功事例は極めて稀だ。それを成し遂げた男たち4人に話を聞いた。彼らはどんな人物なのか、ビジネスの勝算をどう考えたのか、成功した理由はどこにあるのか?
 

ぐえん・ほん・りん。1973年生まれ。高校卒業後に徴兵で3年間軍隊へ。ホーチミン市の和食レストラン「Hong Nhat」で8年間勤務の後、2001年に「串処 膳サイゴン」へ。2013年5月に「すしコ」1号店、2014年11月に2号店、2017年7月に3号店をオープン。

 

ベトナムで増え続けるベトナム人によるローカル寿司、路上寿司。その火付け役となったのがホーチミン市で「すしコ」を大繁盛させたMr. Nguyen Hong Linhだ。3号店まで拡大させた彼が、和食店成功のカギを語る。

和食店の厨房で働きたい 安くて旨いをベトナム人に

「ホーチミン市4区に店を開いたのは、ベトナム料理店ばかりのベトナム人が住む街だから。そこで日本料理を紹介したかったのと、家賃も安かった(笑)。開店資金は5000万VND(約2000USD)でした」

故郷のクアンビン省からホーチミン市に来た彼が最初に働いたのは、ホーチミン市初と言われた和食レストランの「Hong Nhat」。日本人シェフの下で修業をして8年後、サイゴンスカイガーデン隣の「串処 膳サイゴン」に転職し、寿司担当のメインシェフとなった。子どもの頃から和食が大好きで、新聞や雑誌を見て憧れていたという。


ランチメニューの「Unagi Bento」

2013年5月、寿司や刺身を主とする和食レストラン「すしコ」を4区にオープン。シェフを10年続ける中で日本人の駐在者や旅行者と共に、和食を好むベトナム人も増えていった。そこで、ベトナム人にも日本人にも美味しい日本料理を、低価格で提供しようと考えたという。好き嫌いの少ない「寿司」を選んだのもそのためだ。

先行きの不安と金銭的な事情から2015年まで勤務を続け、その合間にすしコ、同時に友人の和食店2店を手伝っていたというから驚く。店名は当初「すし好」としたかったが、好の字が書けないので「コ」とした。店舗が小さかったので「小」の意味も含めたという。

「オープンテラスの路上で寿司店を始めたのは、私が初めてだと思います。4区というラフな土地柄もありましたが、日本人は仲間と一緒に楽に過ごす空間が好きですよね。それをベトナムで試したかった」

お客の収容人数は20人で、従業員はキッチン5人、ホール3人。店は「小」でも品質にはこだわり、新鮮な魚介類をニャチャン等から仕入れた。飲食業界が長いのでホーチミン市のサプライヤーと様々なつながりができ、上質な魚や肉の仕入れ先は熟知していたし、開業当時は値引きしてもらったこともある。それでも仕入れ値は安くなかったが、メニューの価格には反映させなかった。

「開店当時に苦労したのは、値段が安いことで品質も悪いだろうと思われたこと。それと売上が中々伸びなかったことです。ただこの売上は予想しており、だから勤めを辞めなかったのです」

すしコは次第に評判となり、思った以上に日本人客も来店した。そこで店舗を拡張して現在は約150人が収容可能。2014年11月には同じく150人の2号店を隣に、今年7月にはレタントン街に3号店を開いた。後者は個室も完備した4階建ての店舗で、120人が入るそうだ。

「日本人のお客様から『レタントンに開いてほしい』、『ビジネスやミーティングに使いたい』などの声が多かったことが理由です。4区の店は夕方からですが、3号店はランチタイムも営業。お客さんの評判は上々です」

1号店と2号店の客はベトナム人と西洋人で約7割、日本人が約3割だが、3号店は9割が日本人だという。メニューの種類は全店ほぼ同じで200種類ほど。素材はニャチャン等からの輸送と、ホッキ貝、イクラ、ウニ、ホタテ等のベトナムにないものは日本から輸入。日本人ならマグロやトロ、ベトナム人はサーモン、子持ちニシン、ホッキ貝、ウニが人気だそうだ。

和食ブームは続く 味、信頼、衛生がカギ

同店が大ブームとなって、その後ローカルの路上寿司店が激増。しかし、生き残った店は数少ない。Mr. Linhは「成功率は30%程度」と語り、その理由を、若い経営者が多くて調理経験が少ないこと、良い素材を仕入れていないこと、衛生面に難があることと分析する。

特別に頼んだ寿司の盛り合わせ


すしコの3号店

「今のベトナム人は『安い』だけで店を選びません。味はもちろん、品質への信頼感と衛生事情が大切。それが満たされれば高い金額でも支払うと思います」

Mr. Linhによれば、ホーチミン市と周辺地域で毎月15~25の和食店が新規出店しており、彼が勤め始めた頃は2店舗ほどだった和食店が、現在はホーチミン市に約600店舗あるという。西洋料理店も増えているがファストフード的なものも多く、アジアの『変わり麺』などが人気になっても一時のブームで終わってしまうそうだ。

「日本料理は素材が新鮮で、肉や油が少なくて健康的、美味しそうな見た目もあって、ベトナム人に大変好まれています」

彼はこの取材の直前に千葉県と福岡県に行き、様々な飲食系のフェアに参加してきた。これからメニューを「今の2倍」にしたいと考えており、特に福岡の焼き鳥、串焼き、ラーメンなどに興味があるという。新しい和食のメニューをベトナムの食材で調理して、すしコを新しいステージに引き上げたいと考えている。

「メニュー倍増は今年いっぱいで実現したいと思っています。今は具体的な方法を考えている最中です」