日本を中心にアウトソーシング(オフショア開発)先として成長を遂げてきたベトナムIT産業。エンジニアが取り合いになるほど好景気の中、新しい波も生まれている。業種、職種、ポジションの違う多くの人たちが、それぞれの立場で語る。
 
 

エボラブルアジア、パーソルプロセス&テクノロジー、バイタリフィアジア、ベトナムワークス。ベトナムで存在感を示す4社の代表が、「日系ITの聖地」と呼ばれる(?)
ピザ店のPizza 4P’sに集結! 日系企業から見たIT業界を熱く語る。

変わりつつある「安いからベトナムへ」

―― 簡単に会社の業務内容をお願いします。

里吉横島 人材サービスグループPersolのオフショア開発部門として、社内の基幹システムやWebサービスの開発・運用・保守をしています。

櫻井加藤 主に日本向けのWeb系・アプリのオフショア開発を行っています。最近では一つのソースコードでマルチプラットフォーム向けに開発できる、ハイブリッド開発とAIが得意です。

 オフショア開発が中心で、特色はチームでアサインするラボ型開発。自社でWebサービスやモバイルサービスを持つ会社、例えばYahooさんやGREEさんといった会社からの開発依頼が多いです。

越前谷 オンライン求人広告サイトのベトナムワークス、ミドルキャリア向け人材紹介のナビゴスサーチを運営しています。今日はIT人材の採用状況について話そうと思います。

―― 日系IT業界の今を教えてください。

櫻井 IT業界と言っても広いですので、ここではベトナムで最も盛んな分野で人材も断トツに多い、Web・ソフトウェアのオフショア開発を中心に話しませんか?

 いいと思います。我々がまさにそうですしね。ただ、オフショア開発の圧倒的最大手のFPTさんは入っていなくて大丈夫かな?(笑)。

里吉 日本のシステム開発は、金融、公共、製造、流通など業務系基幹システムの開発がいまだ多くを占め、大手SIベンダーによって大規模に開発されている。その際、プログラム製造工程をベトナムに委託するわけですが、この工程は短期間に大量の人員を投入することが多く、最大手のFPTソフトウェアが得意とする領域。我々は十分に対応できていない。

 数千、数万の人材がいれば別だけど、「来月から100人月でお願い」と言われても現実的に無理だしね(1人月は1人のエンジニアが1ヶ月働く単位)。

櫻井 エボラブルアジアさんや弊社ですと、アジャイル・スクラムの体制でWebやアプリのプロダクトを作るような案件が多い。エンジニア一人に求められる責任や役割範囲も広いので、提供するエンジニアもそこまで安くはない。安さよりも日本でITエンジニアが足りないから、ベトナムに依頼するという背景もあるでしょうね。

越前谷 ベトナムもそうですが、日本は本当に人材不足で、特にITエンジニアが採れないのです。そもそも人が少ないうえに、海外で働く人も増えていますから。

 人材紹介では年収の35%を報酬としていただいていますが、50%、100%出しても採りたいという企業さんもあります。ベトナム人のITエンジニアが一番多いですね。

全員 100%!

越前谷 ITエンジニアの給料の上がり方は、一般職種に比べ普通でないので、これからは「安いからベトナム」という考え方が通用しなくなるかもしれません。

加藤 確かに価格は重要だけど、今は安いことがプライオリティの一番になってない気がする。ただ、下流工程を専門にしている会社ならいまだに安い。でもね、日本の地方のSIベンダーが(1人月)50万で請けて、ベトナムに20万で依頼すると、現場の人材が3ヶ月後に働いているかわからないでしょう。最低限のセキュリティだって保たれていないかも。

 人件費が安すぎると転職リスクが非常に高いし、OSは海賊版を使っているとかね。同じ条件や要件定義で人月単価が10%以上違うのはおかしいですね。工数に差はあっても。

櫻井 確かにそうですね。

横島 ベトナムに来て5ヶ月くらいですが、オフショア開発のメリットをずっと考えていた。価格の安さだと最初は思ったけど、何か違うと薄々感じていた。なぜなら、現場のエンジニアが優秀すぎるから。テクノロジーに貪欲で、生産性が高い。先回りして提案するし、空気を読んでくれるのには驚いた。

加藤 僕もそうなんです。

ベトナム人ITエンジニア 雇用側から見た本音

―― ベトナム人エンジニアのレベルをどう思いますか?

 4年制大学で理論から学んでいる人もいるし、新しいプログラミング言語をキャッチアップするスピードが、日本の優秀なプログラマより早い場合もある。感心するのは実装力の高さ。一方、創造力がないといわれるけど、チーム全員に創造性は要らないでしょう。

櫻井 (設計せずにプログラムだけを書く)コーダー的な人材のほうが圧倒的に多い。でもそれは悪くなくて、職業プログラマとして与えられて納得した役割と責任範囲の中で、高いパフォーマンスを発揮して仕事をする人。欧米系の働き方に近くて、というより日本が特殊かな。ここを理解しておかないとうまくいかない。

横島 だから僕は日本人なら振るような無理な要求はせずに、自分で土日にプログラム書いてた(笑)。でも、対価を払えば残業もきちんとやってくれる。

加藤 確かに。以前に緊急事態でタイ人に残業をお願いしたら、普通に帰っていた(笑)。

 うちはグローバルチームだし、日本にも開発拠点がありますが、そこにはベトナム人しか所属していません。(顧客企業に)常駐して、普通に1人月100万円などですよ。日本人と同等以上に優秀ですから。

櫻井 ただ、エンジニアのレベルは日本人と一概に比べられない。バックグラウンドが違うから。

里吉 日本では新卒入社後に情報システム部門などに配属されて、初めてITを学ぶSE(システムエンジニア)も少なくない。一方のベトナム人は大学でプログラミングを学んで、なるべくしてエンジニアになる人が多い。

櫻井 UIデザインに関して言うと、うちでは日本向けのデザインは日本人に依頼しています。日本人は若い時から最新のクリエイティブに接してきているし、日本人の趣向をわかっているので。

 ただ、アメリカ向けだと日本人よりいいデザインもある。彼らとテイストが近いのでしょうね。残念なのは仕様に落としにくいところが伝わらないこと。「サクサク動く」とかね(笑)。

厳しさが増す人材採用 もっと必死になるべき

―― ITエンジニアの給与が上がっているようですが、採用はどうですか?

 弊社は設立当初は後発だったので知名度がない。だから、「一番発注している企業の2倍の出稿を出します」とベトナムワークスさんに頼みました。もちろん現在の採用戦略は変わっているけど。

越前谷 あの時はありがとうございます(笑)。今、日系企業以外の募集では、経験の浅いエントリークラスの採用が2016年から一気に増えています。経験豊富な人材の採用は難しいと見ているのでしょう。自社で育てるわけですが、マネジャークラス以上の募集も増加中で二極化状態です。

 経験3年目ではなく1年目を狙うなどですね。一方、日系企業の募集数は2016~2017年で30%伸びています。ただ、日本語を話せるITエンジニアは非常に少ないし、日系では日本のカルチャーや品質のこだわりにも対応しなくてはならない。欧米系企業との給与差も弱点ですね。

櫻井 ベトナム人からすれば、英語を覚えたほうが可能性は広がるし、グローバル企業にも行ける。

越前谷 最近はベトナムの大手企業も高い給与を用意するようになってきました。ダイレクタークラスなら日本人の部長クラスより高いですよ。

 日本の企業からよく初任給を聞かれるのだけど、構造的なものも知らないと意味がないと思う。例えば弊社のベトナム人の給与差は、メンバーからダイレクターまで30倍ありますから。

加藤 僕はCV(職務経歴書)で前職を見ずに、プログラミング言語の経験とCVのセンスで選んでいます。そうしたら尖った人材ばかりになって、日系出身は一人だけ。彼らは2~3ヶ月トレーニングするとすごく伸びるんだよね。

 たまにグーグルの本社に行くんだけど、あれだけブランドがあって給与も高い企業が、どれだけ採用に必死になっているか知ったほうがいい。デジタルの世界は国境による障壁が少なく、物流コストがなく、世界同時に競争できる環境ですからね。

越前谷 「新興国だから採用が楽」という上から目線で見ている人は、採用がうまくできませんね。

成長に乗り遅れる? 日系企業は危機感を

―― ベトナムのIT業界はどう変わるのでしょうか?

里吉 人月単価が40万円を超えるとオフショアが鈍化すると言われていたけど、それでも今後日本が一緒に組む相手はベトナムが筆頭だと思う。中国は自国のマーケットが大きいため今後日本からの受注には消極的だろうし、インドは時差と文化の差によって日本人からは使いにくい。ベトナム人は日本人ほどではないけど空気を読むし、なにより東南アジア圏では最も基礎学力が高いと感じています。

横島 ベトナムじゃなくても、「安いから出す」は続くと思う。だから将来的には僕らがオフショアの発注側になって、アフリカなどの国に委託するなどがあるかもしれません。

越前谷 採用面から見ると、IT+日本語はハードルが高くてもIT+英語は難しくない。世界で活躍できるし、特に今の若い人は英語力が高い。日本企業は危機感を持つべきだと思いますね。2010年頃は採用できていましたが、2015年頃から求人数が増加して今では難しい。

 上流から開発する自国のプロダクトを出して、ベトナム発の世界サービスが生まれてほしいです。そうすれば、ベトナム人だから案件を頼むというような流れにもなります。

加藤 エンジニアとして見れば、ベトナムはまだ経験が少ないだけで、シンガポールでもシリコンバレーでも活躍しているベトナム人は数多くいる。ベトナムのITはこのまま伸びていくけど、変わるべきは日本。このままでは日本企業は相手されなくなる。

 人材採用で勝つには、極論に言えばグーグルを超えるような自社サービスを持つことだと思う。給与を上げようが何をしようが、そういったサービスがなければ優秀な人事は採れないし、採用競合は世界中にいると知るべき。だからグローバル市場への自社サービスを始めています。

櫻井 ITエンジニアはベトナム人にとって夢のある職業だと思う。田舎では月に200USDを稼ぐのがやっとでも、プログラミングを覚えて都会で就職すれば、2~3年で1000USD、2000USDも夢じゃない。日本にはない状況です。

その一方で、日本の会社が注目されなくなるのが寂しい。だからベトナムにコミットしている我々が日系企業での成功者をどんどん輩出して、若い人がそれを目指すようになってもらいたいですね。