座談会 取材協力:NNAベトナム、撮影:大池直人

ベトナム語を話せる日本人ビジネスマンは、まずいない。従業員への連絡や、ローカル企業との商談には通訳者を介する。つまり、通訳はビジネスを成功させる大きなカギなのだが、その大切さを本当に理解している日本人はどれくらいいるのか。通訳の舞台裏をベテラン通訳者たちが語る。

「大手外資系会計事務所の社内通訳」
相手の気持ちを訳すのが通訳者の仕事

社内通訳は企業の核となる存在だ。彼らの翻訳ひとつで従業員との関係が変わり、商談や契約の成否に影響が出る。その現場で経験を積んできた若い女性通訳者が、通訳の実際や通訳者の気持ち、日本人の特徴を語る。

大学卒業後日系企業の通訳に

Ernst & Young Vietnam Limited
Japanese Business Services

Ms. Nguyen Thi Anh Huyen
世界中に拠点を持つ大手会計ファームのアーンスト&ヤング(EY)。そのベトナム法人で日系企業を担当するのがHuyen(フィン)さんだ。社内外では「絢」(あや)さんと呼ばれている。

彼女の仕事は監査、税務、M&A、アドバイザリーなど、社内の各部門と日系企業との連携を図ること。顧客企業からのメールや電話での問い合わせを、英語やベトナム語に翻訳して各部門に伝えたり、ミーティングでは顧客との通訳も行う。

「日系企業は日本流にこだわる方が多いので、ベトナム人と日本人との考え方の差を調整する役目もあります」

こう語るフィンさんには下地があった。ホーチミン市貿易大学日本語学部を卒業後、日系自動車メーカーに入社して、生産部門長の通訳兼アシスタントに。ここが通訳のスタートとなる。

工場内で毎朝行われる各部門との報告会、日本本社からの出張者が入った会議、出張者が発表する新プロジェクトの説明などに通訳者として参加し、日本語のメールの翻訳なども行った。とはいえ、彼女は、製造業での技術的な専門用語も生産のプロセスも全く知らなかった。覚えた方法は「通訳の場ですぐに質問」。これを繰り返すことで、3ヶ月でスムーズな通訳ができるようになったという。

「一番難しかったのは、出張者による新プロジェクトの説明です。これまでにない内容であり、技術者が持ってくる多くの書類を事前に読まないと、説明できませんでした」

若い女性通訳者を不安に思う日本人もおり、最初は心配している顔が通訳を続けるうちに、明るい表情に変わっていったという。「なるほど!」という表情を見るのがうれしかったと振り返る。

伝えたいポイントと日越相互の理解

社内ミーティングの様子

上司である小野瀬氏と
フィンさんから見て、日本人にはポイントが絞れていない説明が多いという。色々なことをたくさん語った後に、小さな結論を話す。聞いているベトナム人は伝えたいことが何なのかわからず、最後に拍子抜けしてしまう。

「必要ない部分はあえて訳さず、『言いたいポイントはここですよね?』などと確認してから、通訳することもありました」

社内通訳は相手を知っているし、慣れてもいるので、ベトナム人の聞きたいこと、日本人の伝えたいことがわかってくる。会議では全部を通訳すると2~3時間かかる場合もあり、特に長話に慣れないワーカーはモチベーションが下がってしまうそうだ。

また、対人ではなく部門に対しても、ベトナム人と日本人の考え方の差を説明した。例えば、日本人の特徴は真面目、細かい、時間を守るなどだが、ベトナム人にとっては厳しすぎたりする。

「ベトナム人の考え方はフレキシブルで、ある意味日本人より適当なところもあります(笑)。何とかなるさと思っている。こうしたことを双方に理解してもらう努力をしました」

その後、2011年12月にEYベトナムに転職し、JBS(日系企業担当)の事務サポート兼通訳となった。

ここでも最初は担当者に質問を繰り返して知見を広げていき、加えて努力したのは「各部門の担当者と仲良くなる」こと。彼らは多くの顧客を持っているため、日系企業だけを優先しないのだが、日系企業で求められるのはスピード感だとフィンさんは感じている。

「JBSをウェルカムの環境に持っていくのも私の仕事です。いつも笑顔で、相手が話したくなるような状況を考えます。ただし、忙しそうなときはプッシュしないで別の人に尋ねます」

フィンさんの上司であるDirectorの小野瀬貴久氏は、「ソフトスキルの高い、人間力のある人」と彼女を評価する。

通訳の枠を超えて公認会計士を目指す

入社1年後、彼女はプロフェッショナルラインに異動し、現在は社費でCPA(公認会計士)の資格を取得中。この9月にはマネジャーにもなった。

「最初から優秀のオーラが出ていました(笑)。アシスタントからプロフェッショナルラインに移るなど、普通はまずありませんでした」(小野瀬氏)

各部門のマネジャーと同行して日系企業の相談事を解決したり、社内ミーティングにもスタッフとして参加。今や通訳は仕事の一部となっている。ただ、双方のコミュニケーションが円滑に進まない会議などで、「おっしゃりたいことは〇〇ですよね?」などと具体的な内容でサポートできるように成長した。

「日本人にはプレゼンが上手くない人もいます。言いたいことはあっても、うまく言葉にできない。そこを理解して、確認して、調整するのも通訳者の仕事だと思っています」

通訳の仕事も現在の仕事も、「お客様のサポート」であることに変わりはないという。ただ、現在は会計士や税理士の資格がなく、通訳においても完全ではないと考えている。

「早く上のレベルに行って、知識でお客様にアドバイスできるようになりたいです」