2015年のベトナムはGDP成長率が%と絶好調。内需は堅調、海外投資は増加、自由貿易化も促進した。
それでは、2016年はどうなるのか?各界の識者が2015年の総括と2016年の展望を予測する。そして…日系企業への影響とは?

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TPP、雇用、インフラ、為替…
経済は成長するが課題あり

イギリスに本部を置く世界的な金融グループHSBC(香港上海銀行)。そのHSBCベトナムのCEOに経済動向を尋ねた。旺盛な国内消費に加えて貿易自由化の恩恵も受けるが、課題も少なくないという。日系企業にはどう波及するのか。

一般消費財のニーズ増


HSBC Bank (Vietnam) Ltd.
Chief Executive Officer
Mr. Pham Hong Hai

「昨年のGDPの成長率は6.5~6.6%に達する見込みで、PMI(製造業購買担当者景気指数)は昨年の9月と11月を除き、20ヶ月連続で50を上回りました。ASEAN諸国全体から見ると、2015年はベトナムにとって順調な1年だったと言えます」

その背景には多くの要因が考えられるという。ベトナム政府が様々な自由貿易協定を締結し、市場開放政策を積極的に推進していること。タイやマレーシア、インドネシア、インドなどと比べて、政治的に安定した国であること。近隣国の中国やタイの人件費が上昇したこと。これらの要素がベトナムの投資環境の魅力を一層高めたそうだ。

また、2015年は消費者の市場への信頼感が大幅に改善したという。外資系企業の進出などにより、大規模な労働者が農村から都市に移動。これにより個人所得が上がり、内需もそれに合わせて拡大した。

「中でも注目されるのはFMCG(一般消費財)産業で、特にソフトドリンクやビールなどの飲料業や洗面・化粧品などの業種。加えて、自己アピールしたい若者のニーズに応えた自動車産業です」

これにはベトナムの食生活の変化が反映されている。今までは主に自宅で食事し、パーティーを行うのが一般的だったが、若年人口の多さや収入の上昇、旺盛な消費から、外食需要が拡大したというのだ。

加えて、人口の約6割を占める農村部の消費も変わりつつある。価格を優先し、原材料などは気にしなかった彼らが、質へのこだわりを持つようになったという。この傾向からシャンプーや石鹸、歯磨剤などの一般消費財が少しずつ伸びている。

他にも、輸出関連産業や医薬・医療産業、不動産と建設・建材産業も、2015年で高い成長率を達成したそうだ。

自由貿易化と為替の課題

2015年で最も話題になったひとつがTPP(環太平洋連携協定)への加盟だ。ベトナムにとっては海外投資の増加や輸出の促進、経済改革などのメリットが見込めるものの、自由貿易化には数多くの課題も内包されている。

一つは熟練労働者や中間管理職の人材不足だ。想定される直接投資の加速には、それに見合った技術者、熟練労働者、管理職の供給が求められるため、労働市場の競争は激化し、人件費も上昇するだろう。また、昨年から発効したAEC(ASEAN経済共同体)により、労働者は域内各国間に自由に移動できるようになる。すると、ベトナムの労働者は海外からの労働者に置き換えられてしまう恐れもある。これらの動きに対して、政府は人材の育成、企業は人材の確保がカギになるという。

もう一つは環境問題。外資系企業を誘致する際には、環境への影響を評価する仕組みを設ける必要があるという。そうしなければ、ベトナムも近いうちに中国の北京や上海、インドのニューデリーなどの大気汚染といった、環境問題の深刻化を招くとハイ氏は語る。

「最後はインフラの未整備です。現在でもインフラの整備は進んでいますが、近年の急激な経済成長に追いついていません。さらに投資が急増すると、輸出入の遅延や国内物流が滞ることが心配されます」

為替に関しては中国の人民元が昨年8月に切り下げられ、11月末からはIMF(国際通貨基金)のSDR(特別引出権)構成通貨に採用された。中国はベトナムの最大貿易相手国であり、ベトナムの為替政策は人民元の変動に大きな影響を受けている。もう一つの留意点は、2015年末に行われたアメリカのFRB(連邦準備理事会)による利上げだ。この動きは国内企業のドルでの借り入れコストを上昇させるほか、ドル高の進行も懸念される。

これら2つの要素により、2016年のベトナムドンの変動幅が、大きく変わる可能性があるという。

日本の慎重さが出遅れに

TPPやAECにより、今後は韓国やマレーシア、タイなどがベトナムに一層進出すると予想される。既にタイ企業からの投資の波が起こっており、代表的なものではタイの最大手小売企業セントラルグループによるベトナムの家電量販店グエンキムの買収や、タイ流通大手ベルリ・ジェッカー(BJC)グループによるMetro Cash & Carry Vietnamの買収がある。

他国と比べて日本企業の特徴は、信頼関係と品質へのこだわり。進出前には時間をかけて市場を調査し、パートナーを慎重に選ぶ傾向がある。品質を求めるために、在越日系企業の現地調達率は他国の外資系企業と比べて高くないとも言われる。TPPやAECで環境変化が加速されると、決断の早い企業はより有利となり、日系企業は一歩遅れになるかもしれない。

「とはいえ、日本からの投資案件は高品質なものが多く、日系企業は法律の遵守、安全な労働環境の確立などに取り込んでいるため、ベトナム政府は日本政府も日系企業を大切にしています。日本のベトナム経済への影響力はますます増大するはずです」

グラフ 出典:HSBC ※2015年第4四半期以降は予測