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ベトナムは新しい時代に入った 1990年代の成功体験は捨てよ

 

小須田森仁氏
Morihito Kosuda
WORLD LINK JAPAN, Inc
Osaka Promotion Desk
Representative

商社マンとして合同委員会を創設

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小須田森仁氏(撮影/大木宏之)

ベトナム戦争が終わって間もない1978年1月2日、開港日のハノイ・ノイバイ空港に、中国民航(現・中国国際航空)が到着した。機内には羽田から北京経由で来越した、日商岩井(現・双日)の商社マン、小須田森仁氏の姿があった。仕事はトンキン湾での油田開発だ。

「私は東京外国語大学のインドシナ語学科を卒業後、1976年に日商岩井に入社しました。ベトナム駐在員候補として拉致状態で強制採用されました。本当は読売新聞に行くつもりだった(笑)」

駐在が認められていなかったため、その後は出張ベースで日越間を何度も往復。諸処の事情から油田開発は2年で中止され、その後は鉄鋼、化学品、石炭などの売買を手掛けた。1986年9月にハノイ駐在員事務所長として赴任したが、ドイモイ政策が採択されたのは同年12月だった。

1987年3月、小須田氏の尽力で日商岩井とベトナム政府間で合同委員会が設立。バックホー油田からの原油買付けの他、様々な施設の将来像が話し合われた。

「6年間毎年続けたのですが、討議した内容、例えば発電所や工業団地の建設、化学肥料の開発などはその後、すべて実現しているんですね。また、ベトナムの国庫に外貨がほとんどないので、外貨準備高の数倍の資金を貸したのですが、資金不足が続く中で期限通りに返済してくれました。この時ほど会社の幹部を頼もしく思ったことはなく、ベトナム首脳の律義さに感動しました」

1989年9月に帰国。バンコク駐在を経て再び来越し、2006 年4月に双日ホーチミン駐在員事務所長、2009年4月から双日ベトナム社長となる。2011年12月に退職し、現在はワールド・リンク・ジャパンで大阪府の中小メーカーのベトナム進出支援活動や、日商岩井紙パルプの業務を支援している。

進出する日系企業に警鐘

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ベトナムとのビジネスに身を置き続け、現在でも政府要人に知己が多いという小須田氏は、現在の日系企業進出ラッシュを不安げに見守る。

「1980年代を雌伏の時代とすれば、1990年代は日本の企業がベトナムで成功し始めた時代。しかし、同時に禍根を残した部分もある」

成長した理由は、ベトナムで加工して他国に輸出する加工貿易が拡大したこと。現地の安い労働力が魅力で、実際に低賃金で優秀な人材が集まってきた。しかし、競争社会のなさが背景にあったという。

「賃金が安くて優秀とは、本来ならあり得ない理屈。今はそんな時代ではないし、世界中の企業が競合。ベトナム人の素材だけに期待せず、十分に教育や訓練をして人材を磨き、賃金を含めた待遇を向上させるべき。90年代の成功例は今、ほとんど参考になりません」

多くの日系企業は、ベトナム企業の本当の実力に気付いていないとも語る。例えば、大手企業が工場を作り、現地の企業に部品を発注する時には、「図面通りにやってくれ」という場合が多いが、職人による微調整が必要な場合もある。その調整の会話が問題だと指摘するのだ。

経験の浅い日系企業の購買担当者とベトナムの加工業者の会話は二重のリスクで、99%通訳を介して会話する。しかし、金属加工の技術を十分に理解して適訳ができる通訳は皆無という。日本側が自ら加工を見せられる技術者であればコミュニケーションロスは低減できるが、そのような人材はほとんどいないため、日系企業は「使えない」と判断するという。これが現地調達率の低さにもつながっているようだ。

「日越間の最大の課題はコミュニケーション。50人の通訳を現場で1年間トレーニングすれば、現調率は5%くらい上がるのではないでしょうか」

TPP後のアメリカがカギ 商圏拡大と競争激化へ

小須田氏は「今後のベトナムはアメリカがカギ」と語る。TPPが始まるとアメリカの市場が広がるからだ。

「例えば、ベトナム繊維製品のアメリカの関税率は17.5%。TPPでこれが0%になると、輸出先の40%はアメリカになるのではないでしょうか。ベトナムも米国市場を見据えて、資材や素材の国内生産率を上げようとしています。こうしたことが他の分野でも起こるでしょう」

一方の日系企業は、TTPなどの経済協力圏に鈍感で、商圏の拡大と競争の激化に実感を得ていないと見る。「まだベトナムや近隣国だけを市場としている企業が多いようですが、商圏は想像以上に広いはず。それに、ベトナム人だって一番安いところで買って、一番高いところに売りたいと思っている。他の国や地域との経済協定が始まれば、日本も何も関係なくなるのです。もう一度言います。競争のなかった90年代の成功体験を信じると、えらいことになりますよ」

ベトナムビジネスの3ポイント

・ベトナムの人材を磨き、待遇を向上させる
・現地企業とのコミュニケーションを密にする
・経済協力圏での商圏拡大と競争激化を意識する