チャビン省の歯学部に教育支援 地方の歯科医療水準を高めたい

「ハノイ三国歯科」が所属する医療法人社団「大伸会」が2020年2月、チャビン省において、口腔ケアで感染症を予防するプロジェクトを発足した。ベトナム三国歯科グループ代表の幾島氏に、発足のきっかけや今後の展望について聞いた。

国で全く異なる歯科医療事情
日本式の技術を、ベトナムへ

――「ハノイ三国歯科」設立の経緯を教えてください

幾島 ベトナムに日本式の歯科医療技術を提供することを目的として、「大伸会」は2016年7月に「ハノイ三国歯科」を開業しました。大伸会は日本で規模が大きい医療法人のひとつであり、厚生労働省認可の卒業研修施設も擁するため、毎年多くの歯科医師を育成しています。台湾や北京の医院や大学とはすでに交流があり、十数年前から日本人歯科医師が現地で先駆者となって活躍してきました。次は東南アジアへと目を向けたところ、日本の歯科医師免許で診療ができるのはベトナムとカンボジアのみだったので、人口が多いベトナムで歯科医院の設立を目指しました。

――歯科医療において、日本とベトナムで異なっている部分はありますか?

多くのハノイ在住日本人が通う「ハノイ三国歯科」。日本の歯科医院と同様の水準で、院長の木下佳都栄氏が中心となって診療にあたっている

幾島 ベトナムには、歯科医師になるための国家試験が存在しないため、大学ごとで教育の質に差があり、歯科医師によって技量の高さが大きく異なっています。

治療においては、ベトナムでは目の前にある症状を改善するのが最優先となり、治療方針は医師に決定権があります。日本では医師が患者さんと相談し、治療の決定権は基本的に患者さんであり、10年後、15年後を想定して、口腔内全体の変化を予想しながら治療にあたります。あと、日本では予防指導が充実していて、歯磨きの方法まで丁寧に教えますが、ベトナムではそういう指導がほとんど無いと言ってもいいでしょう。

時折、インターネットなどでローカルの医院で治療して問題なかった、日本よりも良かったという感想を目にしますが、皆さんが思っているよりも歯科医療水準に大きな差があります。これまで日本で診てもらってきた方には極力、海外であっても日本式の医院で診てもらうことをおすすめします。

将来のために予防指導は必至
20~25年後の変化を見据えて

感染予防プロジェクトは、最初の5年は大伸会が技術移転のため関与し、6年目からはチャビン大学とチャビン省が自律して継続していく予定

――チャビン省で口腔ケアを通した感染症予防プロジェクトを発足しました

幾島 メコンデルタ地方の歯科医療の水準を向上させるべく、チャビン省チャビン大学に歯学部が新設されました。そこから、口腔外科の教授であり、20年以上前からチャビン省の隣のベンチェ省で口唇口蓋裂の手術を行うボランティア活動をしてきた夏目長門さんのところへ教育支援の依頼があり、夏目さんが名誉領事を務める在名古屋ベトナム名誉領事館を通じて2018年、大伸会にその話が持ち込まれたのが始まりです。大伸会として教育支援を担い、その活動がチャビン省に評価されて、今回の感染症予防対策プロジェクトの発足に繋がりました。今後は同歯学部が、同地域の歯科検診や口腔ケア指導などを担っていきます。

――現在の課題は何ですか?

幾島 ハノイやホーチミン市の大学を卒業した歯科医師は、メコンデルタ地方に戻ってこない傾向があり、大学で教える医師がかなり不足しているという問題が出てきています。今は私のように外部から人を入れて何とか成り立っていますが、今後は地方で指導したいという先生がでてきてくれることを願うばかりです。

また、歯学部生を見ていると、歯科医療に関する基礎知識が不十分だと感じますし、基本を教えても勝手に手法をアレンジしてしまう人もいます。ただ、日本の学生は個人主義的なところがありますが、ベトナム人学生はお互いに助け合いながら和気あいあいと授業を受けていますし、先生との距離感も近く教えやすさは感じているので、その環境を生かしながら各学生の能力を高めていきたいです。

――今後の計画、目標を教えてください

幾島 まずは、今まで通りチャビン大学歯科部の教育支援を行いつつ、学生によるチャビン省の小学校の歯科検診および感染予防予防を経年的に実施すること、そして、現在建設中のチャビン総合病院に高度医療歯科室を設ける計画を進めることです。

ベトナムの公立学校では歯科検診は行われておらず、統計も取られていません。虫歯の状態を把握するための統計を取ることと、歯学部生が毎年感染予防指導を小学生に行うことで、チャビン省の健康増進に寄与するだけでなく、学生自体にも予防指導の概念を持たせ、卒業後に予防概念を持った歯科医師になってもらいたいと願っています。歯学部生が1~6年生まで同じ小学校を担当する仕組みを取り入れたので、6年継続して行ったことを完成と見ると、6年後から意識の高い歯科医師が排出されると思っています。このプロジェクトに結果が伴ったら、チャビン省から全国にこの手法を発信していく予定です。

COMPANY INFO
日本の首都圏最大級の歯科医院ネットワーク「三国歯科グループ」が、ベトナム国内における歯科医療の技術発展への貢献などを目的として、2016年7月に「ハノイ三国歯科」を開院。在住日本人の口腔内の治療ほか、現地医科大学と連携して講義や研修なども行っている。
General Director 代表 幾島 章仁
AKIHITO IKUSHIMA
1968年生まれ。北海道札幌市出身。1994年に北海道大学歯学部を卒業。2015年に医療法人社団大伸会よりベトナムでの歯科医院の設立依頼を受け、「ハノイ三国歯科」の立ち上げから携わる。ベトナムにおける三国歯科グループの代表。