文:杉田憲昭(GRAFICA)

裾野産業の育成を通じて
日越の幸せな未来を目指す

2003年に設置され、2020年より第8フェーズを開始した「日越共同イニシアティブ」。中でも製造業の基盤といえる裾野産業の育成と支援を行う「アーンスト・アンド・ヤング・ベトナム(EYベトナム)」の小野瀬氏に、現状と課題、そして今後の展望を尋ねた。

終了から再稼働へ
支援制度の実効性を求めて

――日越共同イニシアティブと
小野瀬氏の役割を教えてください。

小野瀬 「日越共同イニシアティブ」はベトナムの投資環境を改善し、外国投資を拡大することを通じて、ベトナム産業競争力の強化を目指す枠組みです。日越両国首脳の合意により設置され、第8フェーズでは異なる専門分野を持った9つのワーキングチームが組成されています。その中で私がチームリーダーを務めるのが「裾野産業ワーキングチーム」です。

実は裾野産業支援を行うワーキングチームは、第7フェーズをもって終了となる予定でした。しかし、ベトナム側から再び組成するよう要望があり、「ここで終わらせるのは残念。私でよければ」と手を挙げました。

私を含むメンバーは皆、個人として参画しています。EYベトナムでは2020年10月にベトナム計画投資省海外投資局(FIA)と「外国企業の投資拡大と新規投資の促進強化に関する覚書(MOU)」を結ぶなど、会計監査、税務やコンサルティング、M&A、不正調査や会計や法務に加え、海外直接投資(FDI)に関する誘致や政府支援、裾野産業の問題解決なども行っており、その知見やノウハウが活かせると考えています。

また、チームには人材教育・研修事業を手がけるエスハイ社のレ・ロンソン氏や、経済産業省での豊富な経験を持つ大冨友加氏など幸運にも優秀なメンバーが集い、検討を開始しています。

(写真上)2020年にハノイで執り行われたFIAとEYベトナムのMOU調印式にて
(写真下)日越共同イニシアティブ第8フェーズプレキックオフ会合時の集合写真

――裾野産業の現状と課題は
どのようなものがありますか?

小野瀬 製品の製造において部品や材料を供給する裾野産業は、製造業に必要不可欠な分野といえます。主に中堅・中小企業がその役割を担っていますが、ベトナムの裾野産業は充分に育っておらず、進出企業は部品や材料の現地調達に長年苦労してきました。

とはいえ、独自で地場の優秀な取引先を探そうにも情報を得ること自体が難しく、日本や他国からの輸入はコストが高くなるなど問題が山積しています。

過去のフェーズではベトナム側の担当省庁である商工省(MOIT)と協力し、企業データベースの構築や裾野産業発展センターの稼働、生産性向上ベストプラクティス選定など、数々の支援制度の整備を行ってきました。

一方で、制度があっても実効性は議論の余地がありました。第8フェーズでは日越の役割分担を改めて見直し、現実的かつ効果的な方法で、既存制度の認知度や利用企業数を向上させるとともに、制度自体を使い易い形へ発展させるアプローチを行っています。

小野瀬氏はホーチミン日本商工会議所(JCCH)副会頭兼税務・通関委員長、ダナン日本商工会議所(JCCID)副会頭として日系企業の支援も行う

人材育成と制度の見える化
成功を着実に積み重ねる

――今期で特に注力している
活動には何がありますか?

小野瀬 海外直接投資では「海外事業を主導する人材の確保・育成」が非常に重要です。

たとえば現在、多くのベトナム人が日本で働いていますが、帰国後に日本での経験を活かせている人は多くありません。

そこで単に賃金だけが目的ではなく、日系企業で働くことに意義を感じてくれる人材を事前に選定し、日本での就業や研修、実習の後、ベトナムの現地法人で幹部として活躍してもらう「循環型人材育成」を理想とし、その成功事例の収集と分析を行っています。

日本の言葉や文化、品質や納期などの商習慣を理解した人材は、日系企業にとって現地取引先開拓の窓口になります。さらに彼らが独立したり、ベトナム企業へ転職したりすることで、新たな取引先となるスピルオーバーが期待でき、ひいてはベトナムの裾野産業の発展に繋がると考えています。

また、支援制度の認知度向上・見える化の一環として、ハノイ、ダナン、ホーチミン市商工会会員である約2000社へのアンケートや情報共有も進めていきます。

特にアンケートはベトナムの既存支援制度の活用経験の有無など、一歩踏み込んだ内容を盛り込みます。支援制度を利用して解決できる問題があれば、データベースや商談会などを使って成功事例を積み上げていきたいと考えています。

将来の進出を見込み、在日本企業に対しても日本商工会議所を通じてアンケートを実施できるように会話を始めています。

――今後の展望を教えてください。

小野瀬 裾野産業は日系企業がベトナムで確固たる地位を築くために不可欠なものです。残念ながら現在は韓国に後塵を拝していますが、日本のプレゼンスを高め、地位を上げていかなければなりません。

そのためには、ベトナム側と協力しながら今ある問題を解決し、日系企業の投資・進出を増やすことが短期的な目標といえます。

対して中・長期的には、やはり人材の育成がカギとなります。日系企業で育成された人材を増やし、活用することが、将来的にベトナムの裾野産業の発展にも寄与することになると信じています。

近年はコロナの影響から部品や材料の輸入がより困難となり、現地調達の重要性が増してきています。そうした意味でも日越共同イニシアティブで日系企業が活動しやすい環境を構築する意義は大きく、さらに結果としてベトナムも共に幸せになれるアクティビティだと思っています。

まずは第9、第10と、次のフェーズへ繋げられるように、コツコツと着実に成功体験を積み重ねていきたいと思っています。

COMPANY INFO
世界4大会計事務所の一角を担う「アーンスト・アンド・ヤング」のベトナム法人。1992年、ベトナム初の外資系監査法人として設立された。会計監査のほか、税務やコンサルティング、M&Aを中心に、不正調査や会計や法務に関するアドバイスなども行う。
Partner Indo-China Leader of Japan Business Services 日系企業担当インドシナ統括パートナー 小野瀬 貴久
TAKAHISA ONOSE
日本の大手監査法人にて公認会計士として監査や株式公開業務に従事。EYジャカルタを経て2011年に渡越。2016年7月より日系企業担当インドシナ統括パートナーに就任。