大企業で働くよりも、大企業を作るほうがカッコいい
サイバーエージェントベンチャーズ

 
起業を支援するベンチャーキャピタル(VC)の目に、ベトナムの起業事情はどう映っているのか。日本留学の経験があり、数多くのIT企業を育てた、サイバーエージェントベンチャーズのズン氏はこう語る。

ベトナムオフィス代表 グエン・マン・ズン氏(34歳)
ハノイ貿易大学卒業後、日系企業とFPTに勤務。FPTで日越間のコーディネーターを担当中、大阪弁が理解できず、日本で日本語学校に1年就学し、その後奨学金で法政大学大学院に入学。サイバーエージェントでアルバイトを始め、卒業後の2009年4月に同社に入社。サイバーエージェントベンチャーズのベトナムオフィスの代表となる。

 

ベンチャー5社と同居

 

サイバーエージェントベンチャーズ(CAV)はIT企業に特化したVCで、ポテンシャルのある企業やスタートアップの企業に投資している。ベトナム代表のズン氏はこれまで16社に投資しており、15社の事業が立ち上がったという(取材時)。

「資金の提供だけでなく、様々な事業サポートも行います。ユーザーの獲得方法、資金の調達方法、事業の拡大方法などを考えて、企業にはプロダクトに集中してもらいます。弊社と同じビルに投資先企業を集めているのも、互いに刺激し合ってシナジー効果を生んでもらうためです」

このように、同社が入るビルには出資する企業5社がオフィスを構える。その1社は2009年から投資している、VNPグループの「Vatgia.com」。ECサイトのプラットフォームを提供している、従業員は約500名、グループ全体で約1000人へと成長した企業だ。レストランの口コミサイトを運営する「Foody.vn」には2年ほど前から投資。月間
UUが約260万の人気サイトとなっている。

「TIKI.vn」はベトナムで2番目に大きいというECサイトを運営。ここ数年は売り上げが200%以上で伸びているという。「DKT」は中小の小売店向けオンライン販売サイトの構築と、POSソリューションを提供。有料顧客企業は約5000社で、マーケティングなどをサポートしているとのことだ。

「ベトナムでの起業にはレストラン、カフェ、ショップ、貿易関連などが多いのですが、数ヶ月で閉める場合もありますし、スケールアウトが難しい。その点、IT業界なら元手が少なくてすみ、事業拡大の可能性も十分にあります。私が今後有望と感じるのはEC関連で、その先にはオンライン広告市場が広がるでしょう」

ECではファッションや生活関連など消費者市場の商品が人気で、ホテルやチケットの予約サービスも急成長、EC以外では、飲食や住居・不動産等のオンラインメディアが急伸し、ゲームアプリや音楽ストリーミング配信サイトも伸びているという。ベトナムでのVCには欧米系の企業が多いが、どこもIT分野に注力しているとズン氏は語る。

 

「良い経営者」も探す

 

ベンチャー企業の仕事場でもあるCAVのオフィス

前述のベトナムのベンチャー企業を見ると、日本やアメリカに似た成功企業があることに気づく。しかしズン氏は、ただ真似するだけでは成功しないと話す。ニーズのテーマは各国共通でも、対象はベトナムの市場なので、ベトナムの文化や国民性の理解が必要になるとのことだ。だからこそ、「本家」にはない独自の工夫も生まれている。

「ネットビジネスは言語やカルチャーが参入障壁にもなるため、ベトナムもそうですが、中国、インドネシア、タイ、インド、韓国、日本など独自の言語を持つ国への展開が期待できます。英語が共通語のフィリピンなどとは違うところです」

ベトナムでは外資系企業か大企業でない限り、サラリーマンではお金持ちになれないとズン氏。そこで、個人事業主になって成功したいと願う人がいるわけだ。特にIT業界には若い起業家が多く、海外の大学の留学経験者やベトナムのトップ級大学の卒業者が目立つという。

6年前にベトナム代表となったズン氏も起業家に近い。当時は会社に知名度がないため、自分から企業にアポを入れて、1年で約300社を回ったそうだ。それだけの数を訪ねると「優秀な人材の目利き」ができるようになり投資をスタート。成功事例が生まれるとアプローチしてくる人が増えたという。

2009年からは「良い事業」だけでなく「良い経営者」探しも始めた。新しい事業が上手くいかない理由に2つの仮説を立てた結果だ。

「1つ目はそもそもニーズがなかった、2つ目はやり切っていないだけ。後者なら優秀な経営者によって事業は育てられるわけです」

 

大企業を作りたい

 
起業を目指す人へのアドバイスは、「起業の目的を明確にすること」。

例えば、自分の生活を豊かにするためか、人のために何かをしたいからなのか。後者の動機の方が成功確率は高いと語る理由は、自分のために頑張るよりも、人のために頑張るほうがくじけないからだという。

「私がVCに勤めているのは、起業では1つの事業しかできないけれど、VCならいくつもの事業を成功させられるから。1000人の会社を1つ作るより、1社300人の企業を20社育てれば、6000人の仕事が生まれるわけです。もう一つの理由は、大きな企業で働くよりも、ゼロから大きな会社を作るほうがカッコいいと思ったから(笑)」。

CAVのオフィス内にはベンチャー企業用の開発スペースがあり、取材時にはバスチケットのオンライン予約サイト「Vexere.com」や、子供の育成をサポートするサイト「babyme.vn」の若者たちが黙々とノートPCに向かっていた。

ベトナムのIT起業家は今後も増えそうだ。