サイゴンの大先輩に聞く「ベトナムビジネス道」
スピードは遅くても確実に成長する だからベトナムは面白い
森 光廣氏
Mitsuhiro Mori
VINA KYOEI STEEL CO., LTD
General Director
工場を拡張するため10年振りに社長復帰
今年で設立20周年を迎えたビナ・キョウエイ・スチール(VKS)。1994年に初代社長に就任し、同社を立ち上げ、成長させたのが森光廣氏だ。2000年5月に帰任した彼は2010年1月、5代目社長に復帰した。それまで親会社の共英製鋼と中山鋼業で取締役、常務執行役員をしていた森氏が、なぜ再来越したのか。
「事業が順調なのでバリアヴンタウ省の工場を拡張するためです。ライセンスを取り直し、もう一度ベトナム市場を攻めます。初回は約7000万USDを投資しましたが、今回は約2億USD。新製品の生産工場を含めて、生産能力は約2倍になります」
日本の鉄鋼業界で共英製鋼は、いち早く海外事業を始めた企業で、ベトナムへの進出も業界初だった。1970年同社に入社した森氏は、1973年から海外事業部に配属。以来40年以上にわたり海外関係の仕事に就いてきた。
同社の主力製品は鉄筋コンクリートに使われる鉄筋棒鋼。ハノイのニャッタン橋(日越友好橋)、ホーチミン市の地下鉄1号線、発電所などの大型プロジェクトの他、個人住宅向けにも使われており、個人向け販売が6〜7割を占める。
「ベトナムの一般家屋は間口が狭く、奥行きが広く、複層階が多いため、柱、梁、床に鉄筋を使います。そして建設する際には、鉄筋、セメント、レンガなどを施主が自分で購入して施工業者に渡します。業者を信用していないわけです(笑)」
そこで森氏は初代社長の時代、エンドユーザー向けにテレビCMを放送し、自社の鉄筋をアピールした。そのため、この20年で知名度がかなり上がったという。
ベトナム経済の成長に伴って鉄筋棒鋼の需要は増加してきたが、近年は頭打ちだそうだ。需要以上に供給能力が上回っているため、価格が上がらないでいるという。
「ベトナムの鉄筋棒鋼の需要はおよそ年間600万tですが、日本は850万t。量は多いのですが、供給能力は1000万tと言われます。他の鉄鋼製品も同様で、ベトナムは輸出国となっているのです」
それでも工場を建設するのは勝算があるからだ。2014年12月に完成予定で、従業員は200人の増加を見込む。
人材教育は自社のため、そしてベトナムのため
森氏はベトナムでの会社経営について、「技術移転を進める」と「ベトナム人に運営を任せる」が大切だと語る。だが、その目的は人件費の削減ではない。
「ベトナムに進出したのは『安い労賃』が目的ではなく、鉄筋棒鋼の需要があったから。今回の投資もほとんどが工場や機械へのものです。現場に任せて組織を動かすのは、日本もベトナムも変わらないと思いますよ」
VKSの特徴は、売上、利益、コストなどの情報を毎月社員に公開していること。このためか、同社の離職率は5%未満という。自分に関係する情報が公開されれば、人は知りたくなるものだろう。
「利益が出れば、それは社員の成果としてボーナスの額などに反映します。一方、利益が出ていないとわかれば、変な争いも起きないもの。労使関係はうまくいっていると思います」
森氏が特に注力しているのが社員教育だ。初代社長の時はキーになる33人を選び、日本語を教え、日本で半年間の研修を行った。今度の新工場でも32人を選び、日本で半年間研修を実施している。出費はかさむが、そのリターンも大きいという。
「なぜ企業は存在しているのか、企業が成長すると収入アップにどうつながるのか、などの初歩的なことから教えます。教育は常に必要であり、続けていけば徐々に人は変わっていく。事業をさせてもらっているこの国や地域への恩返しでもあります」
今後は基幹産業と石油製品が有望
ベトナムの将来について森氏は、「スピードは速くなくても確実に成長し、ASEANの中で有望国になる」と見ている。ただ、それに伴って人件費も上がるため、その安さだけを求めて進出しては失敗しかねないと言う。
「ベトナム人の優秀さを活かして、技術移転をして、高品質なものを作る。それを現地向け、あるいは海外へと輸出する。2015年にAEC(ASEAN 経済共同体)が始まり、2018年に関税が撤廃されると、より一層ASEAN をにらんだ戦略が必要になるでしょう」
今後は造船、農業機械、食品加工などの基幹産業が、すそ野の分野も含めて有望ではないかという。その前にはガソリン、軽油、灯油などの石油製品で、将来はベトナム国内で自給できるようになり、輸出国にもなり得ると語る。
66歳の日本人ビジネスマンの目は、今後のベトナムを俯瞰している。
ベトナムビジネスの3ポイント
・技術移転を進めて、ベトナム人に運用を任せる
・社内情報を開示して、良好な労使関係を築く
・常に社員教育を行い、戦力となる人材を育てる
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